<ススキノ首切断>『おじさんの頭持ってきた。カメラマンするでしょ? 私の作品見て』弁護側が明らかにした“いびつな家族関係と猟奇的犯行”
家族とは何か、親子とは何か
医師という、社会的地位にある人の家庭で、
しかも、その専門とする分野で、
眼に入れても痛くないほどかわいがった娘が病魔に侵される。
遺伝なのか、育て方の問題なのか、
それともその他の要因なのか、複合要因なのか、
その道の専門家ですら、
適切な対応ができなかったことに悲劇が膨らむ。
人は、社会のかかわりの中でしか生きられない。
自分の権利を守るには、他人の権利も尊重しなければならない。
だが、精神に病を持つ人に、この、権利の等式は通用しない。
願わくは、こうした人間とかかわりを持ちたくはないが、
好むと好まざるとにかかわらず、
対峙しなければならない周囲の人生は壮絶だ。
ギャラリーは、周囲から無責任な言を発する。
しかし当事者はそうはいかない。
自らの問題として、何とかしなければならないと考えるものの、
常識が通用しないモンスター相手に、人生が翻弄させられる。
どこに助けを求めればいいというのだろうか。
社会には強弱がある者の、一定数、こうしたモンスターがいる。
ただし、表面上、通常の人間と変わらないため、
「モンスター」とは認識しにくい。
身内であれば、隠したくなる心理も理解できる。
とはいうものの、家族以外の、
第二第三の悲劇を未然に防ぐためにも、
精神を患った人と、その家族を救うべく、
「プログラム」を共通認識にしなければならない。
事件が起こってから、検証しているだけでは何の進展もない。
病を責任転嫁している場合ではない。
