ここ数日は、今月2回の大寒波が嘘だったかのような温かさだ。
人間は勿論のこと、花たちもようやく浮かれ出した。
先日、「春はすぐそこ」と題したブログの記事に登場した花たちは、
元気に咲きつつあり、青空に生える。
実際の彼らより、その瞬間が写真に納まった彼らは、より一層美しく見える。
梅は、赤いつぼみだったので「紅梅」かと思っていたが、
開花したら「白梅」だったことが判明した。
そういえば、「白梅」のことを「シロバイ」と読んだ人がいた。
ちなみに「白梅」の正しい読み方は「しらうめ」「はくばい」の両方らしい。
漢字は、音読みと訓読みがあって実に難しい。
大人になると長年の経験と勘で読みがちだが、
中学生でしっかり勉強した人は、その辺の知識の断片が残っているだろう。
「しらうめ」は、「訓」+「訓」。
「はくばい」は、「音」+「音」。
他方、「シロバイ」は、「訓」+「音」ということになる。
確認しておこう。
漢字はそもそも中国からの輸入品である。
基本的には、
中国から伝わった熟語には〈訓読〉と〈音読〉は混じらない。
音読は中国語の発音が元になっており、
訓読は日本語の発音だからという理由らしい。
中国から伝わった熟語は〈音読〉+〈音読〉になる。
しかし、日本で作られた熟語の場合に
〈訓読〉と〈音読〉が混ざるものがある。
さらに突き詰めると、
上を音読み、下を訓読みで読む熟語の読み方を「重箱読み」という。
「重箱」は、上を音読みの「ジュウ」、下を訓読みの「はこ」と読んで、
「重箱」と読むからだ。
この用例には、「親身(しんみ)」「仕事(しごと)」などがある。
他方、上を訓読み、下を音読みで読む熟語の読み方は、「湯桶読み」という。
「湯桶」は、上を訓読みの「ゆ」、下を音読みの「トウ」で読んで、
「ゆとう」と読むからだ。
この用例には、「手本(てほん)」「指図(さしず)」などがある。
「訓」+「音」の「シロバイ」は、読み方として後者である。
では、「シロバイ」とは読まないのか。
Googleで調べるとヒットした。
しかし、私たちが想念する「白梅」とは異なる品種である。
とまあ、漢字の勉強が済んだところで、
近所に見事な枝垂れ梅が咲いている家がある。
いつも、梅なのか桃なのか迷うのだが、
地球温暖化で咲く時期が接着してきたので、
時期だけで判断することは難しい。
簡単な見分け方に、花弁の先の形状らしい。
梅、桃、桜の花は似ているが、
それぞれの花弁の先の形状は、梅が丸い、桃がとがっている、桜は切れ込みが入っている…
で簡単に見分けられるという。
こうした見分け方で、次の写真を拡大して判断するに、
この家の花は、どうやら梅のようだ。
しだれ梅の家は、建ってから20年ほどが経つが、
一度、15年ほどで家主が家財道具を残していなくなった。
庭の雑草も生え放題、しだれ梅も伸び放題で、
空き家の頃の梅は生気がなかった。
それから4年ほど経過して、新しい家主が入った今年、
庭木が手入れされ、見事に咲いた。
近所の幼稚園の制服を着た女の子が、
ちょこちょこと玄関を出入りしていた。
梅の木も、新しい家主を得て喜んでいるようだ。
そこで、一句、松尾芭蕉の奥の細道が浮かぶ。
「草の戸も 住み替はる代ぞ 雛の家」
この句は、松尾芭蕉が住んでいた家を引き払うときに詠んだ句とされている。
さしずめ、
「長年住んだこのおんぼろ家屋も、
私ではなく違う人が住むことになった。
新しい家主は雛人形を飾ったりするのだろうか。」
といったところだ。
もうすぐひな祭り。
この家の女の子のひな飾りも、家を彩ることだろう。