会うことがかなわなかった父へ 母として初めて訪れた御巣鷹の尾根で(朝日新聞社)
今年の8月12日で、
御巣鷹の事故から、もう39年になるのか。
多くの方が犠牲になった事故。
乗るはずだった人が、直前に予定が変更になったり、
乗るはずがなかった人がたまたま乗ってしまったりと、
人生の重大局面は、案外、
簡単に決まってしまうものだとの印象を持った。
「●●だったら・●●してれば」の、
「たら・れば」は、運命に通用しない。
亡くなった方々は勿論、ご家族は大きな苦痛を強いられた。
何年たっても、その思いが癒えることはないだろう。
この事故が題材とされた、山崎豊子氏の長編小説「沈まぬ太陽」は
描写がリアル過ぎて、残念ながら途中で読むことを頓挫した。
焼け焦げる機体の熱、匂い、物言わぬご遺体の数々。
収容作業の、如何に過酷だったことか。
氏の描写は、まるで映像のようで、中盤から読み進めることが苦痛だった。
しかし、それはフィクションではない。
無念にも亡くなられた方がいて、事故処理に当たった人がいて、
今なお、心を痛める多くのご家族がいる。
このように悲惨な事故は、二度と起こしてはならない。
今、生きているということは、
目に見えない力によって生かされているということだと理解する。
何か、自分に課せられた使命の様なものを感じずにはいられない。
8月13日、新たな誕生日が迎えられたということは、
あり難きこと。それゆえ、実に「有難い」ことなのだ。
あと何回、誕生日を数えることができるのか。
39年前の犠牲者の方々を追悼しつつ、
謙虚に、真摯に、誕生日の意味を、私の使命を考えてみたい。
