僕のコーヒーが、誰かに届くとき
NPO法人 Coffee aid 2021
「僕のコーヒーが、誰かに届くとき」が、たまたま昼食時につけていたテレビで放映されていて見入ってしまった。
熊本の自然豊かな場所に位置するこのコーヒー店の店主は、
バリスタ―経験がなかった60代の男性と、その妻。
本来は、東京の大学卒業後、コーヒーに魅せられ、
都内で修業を積んだ息子が、30歳になったら店主をするはずだった。
コーヒーにかける想いは、いちずで半端ではなかったと、
上司や同僚が異口同音に語る。
しかし彼は、開店目前の29歳、不慮の事故で命を落とした。
「コーヒーは人と人とを繋ぐもの」の信念で、
郷里の熊本で人が集うコーヒー店を夢見、
計画を実行に移しかけていた矢先の事故だった。
その遺志を継いで、両親がゼロから店を手掛けた。
開店から3年、その店は、
同じように、愛する者を亡くした者たちが集う憩いの場となった。
来るときは沈んでいた客が、
心の内を吐露して、明るい笑顔で帰っていく。
コーヒーを飲みながら、心をほぐして帰っていく。
亡くなった息子さんの遺志を継ぎ、
見事に社会のよりどころを作った夫妻に感服する。
晩白柚農家の男性は、22歳の娘を事故で失い、
自分の居場所を見失っていたとき、このコーヒー店と出会った。
そこで、店主の妻が、亡き息子と友人だった、ジャム作り職人を紹介する。
完成したジャムに、亡くなった娘の名をつけ販売することで、
再び生きる希望を見出した。
通信販売を始めたコーヒー店は、
パッケージの印刷を東京の業者に頼んだ。
亡くなった息子さんと、かつてコーヒーについて熱く語り合った
同郷の上司が、転職してたまたまそこで働いていた。
「彼は、夢を実現したんだ」と、上司は悟った。
悲しいかな、それは本人ではなく、彼の両親だった。
自分も夢に向かって頑張らなければならないと奮起する。
不妊治療の末、やっと授かった息子を数日で亡くした母親も、
定期的に訪れ、亡くなった息子の意味を見出そうとしていた。
泣いてばかりいた彼女は、その後、第二子に恵まれ、
幸せを取り戻した。
このドキュメンタリーを見ていると、
人は繋がっていることを感じる。
発信することで、生き甲斐を得ると同時に、
人を笑顔にすることができることを知る。
肉体は滅びても、志が受け継がれるということを肌で感じた。
「一年岩をも通す」
強い信念をもって物事に当たれば、どんな事でも成し遂げることができる。
殺伐とした社会において、干天の慈雨である。
活動の輪を広げてほしい。
