K2西壁未踏ルート滑落の登山家2人 所属先が遭難死の見解「追悼」(朝日新聞デジタル)
まだ若く、有望な登山家の喪失は、痛手だ。
彼らに遭ったことがない人にとっても、それは同じだ。
あえて、危ないところに行かなければ、
それなりの天寿を全うできるはずだが、
登山家は、目の前に山がある限り登り続ける。
「なぜ、山にのぼるのか。そこに、山があるからだ」
イギリスの伝説的登山家、
ジョージ・マロリーが口にしたという、有名な言葉だ。
その発言の真意の程は別にして、こだわりの表れである。
人生においても、冒険する心が無かったら、
ただ生まれた場所に、受動的に生きるのであれば、植物と大差ない。
かの冒険家、植村直己の名を久しぶりに思い出した。
彼は、生来の冒険家だ。
43歳の短い生涯に、
世界最高峰エベレストに日本人で初めて登頂
世界初の五大陸最高峰登頂者
冬期のマッキンリーに世界で初めて単独登頂
など輝かしい実績を残している。
そして、人々に輝いて生きる意味を説いている。
(1) 努力している人を笑うこと。 それは、何よりも最低な行為である。
(2) 人の生きる本当の価値は、お金や肩書きなどではなく、夢を追い求め一瞬一瞬を精一杯生きることにあります。
(3) 冒険とは、生きて帰ることなのである。
(4) 君たちに僕の考えを話そう。僕らが子供の時、目に映る世界は新鮮で全てが新しかった。
医者でも登山家でもやろうと思えば何でも出来た。しかし、年をとると疲れてくる。
人々はあきらめ、みんな落ち着いてしまう。世界の美しさも見ようとしなくなってしまう。大部分の人が夢を失っていく。
…などなど
わかっていることでも、氏の語録として感じると、どれもこれも新鮮である。
今回亡くなられたお二人も、植村直己氏の生き方の延長線上にいる。
凡夫には理解できない次元で、
ご自身がご自身らしく、夢の中に生きた結果として受け止めていることであろう。
(3)の、「冒険とは、生きて帰ることなのである。」…が悲しい。
