「19浪で九州大学に合格」。共通一次とセンター試験受け続けて20年、心病まずに挑戦し続けられた理由。(東洋経済オンライン)
勉強は何のためにするのか。
もちろん自分のためにするものである。
大学に入るために、その手段として用いるのは頷けない。
人は、赤子で生まれてきて、
一人前の大人になるよう学習し続ける。
その、「一人前の大人」とは、何をして評価するか。
通常、精神的自立と、経済的自立が指標になる。
いずれかを親に依存している場合、
社会は、自立と評価しない。
さて、この方の場合、「一念岩をも通す」で
大学入学を成就させたことは立派なことである。
しかし、一般論として、
親御さんの気持ちを想うと素直に喜べない。
本人がその人生で納得しているならば、幸せならば、
周囲がとやかく言うことはない。
大学入学が目的ではなく、
その結果に至るまでの経験が、その後の人生に役立っているのであれば、
遅咲きのスタートであり、選択を尊重すべきだ。
とはいうものの、ライフスタイルには許容の範囲がある。
生業をもってなお、経済的自立を果たしてから、勉学に勤しむ方法もある。
いずれにしても人生に無駄なことはない。
そこに落ちているものを拾いながら肥やしにする。
反省はしても、後悔することがない人生にしたい。
