「先にまいってはダメだ」と断酒、わずか1分の再会に「会えた!」…袴田巌さんを支え続けた姉・ひで子さんの58年(読売新聞)
ひで子さんの生き方を見ていると、頭が下がる。
姉、弟を超えて、人間として使命感を持って活動してこられた。
之こそ是々非々である。
信じる者の無罪を信じて、力強く歩を進める。
しかし、人間だから、
弱気になり、逃げだしたいと酒におぼれた日々もあったと告白される。
それでも周囲の人に支えられながら、自身の本分を貫き通す。
一人ではできないかもしれないが、
様々な心ある人が、重畳的に支え合って袴田さんを救出した。
国家のリバイヤサンから、袴田さんの人生を取り戻した。
しかし58年は長い。長すぎる。
本来、冤罪などあってはならない。
しかし、司法の構造上、一定程度のミスジャッジが認められる。
それを「人間だから致し方ない」などと片付けられたら困る。
国民は、個人として尊重されなければならない。
不正輸出えん罪事件で、 警察官が証言が、”決定権 持つ人の欲で立件”
と証言した。
関わった警察官は、良心の呵責にさいなまれたのだろう。
人間としては極めて正しい証言だが、
組織にあって、内部告発に等しい。
正しいことを正しく証言しても、
組織では居づらくなるだろう。
平成22年(2010年)11月、
尖閣諸島中国漁船衝突事件の映像を流出させた元海上保安官がいた。
国家公務員法違反で起訴されたが、起訴猶予処分となった。
海上保安官を辞職に追いやられ、後の職業は未詳とのこと。
国民の知る権利を担保する行為が、
個人として大きな犠牲を払うことになる。
何が正しく、何が間違っているのか。
正義は、多大な犠牲を払う。
