昔、私はよく皆さんの前で、吉田松陰先生の辞世の句の話をした。
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留とどめ置かまし大和魂」
この句は、憂国に徹した行動の果て、
今でいうところのテロリストのレッテルを張られ、
無念にも断罪を言い渡された先生の心内が滲み出ている。
さしずめ現代語訳にすれば、
「処刑され自分の身がこの武蔵の地で朽ち果ててしまおうとも、
大和魂だけはこの世に留め置きたい。」
若くしてこの世を去らなければならなかった口惜しさ、
国を憂うる強さが凝縮している。
続いて、
「四季はすでに備わっており、
花を咲かせ、実をつけているはずである。
それが単なるもみ殻なのか、
成熟した粟の実であるのかは私の知るところではない。
もし同士の諸君の中に、私のささやかな真心を憐れみ、
受け継いでやろうという人 がいるなら、
それはまかれた種が絶えずに、
穀物が年々実っていくのと同じである」
とある。
さて、今回のセミナー冒頭、
85歳で2003年に亡くなられるまで、
染色の世界で活躍された
「久保田一竹」という方の話をした。
脚光を浴びたのが、60歳を過ぎてから。
昔、私が講演でよく話をした、
カーネルサンダーの
「ケンタッキー・フライド・チキン」と同じだ。
才覚がある人は、巷間で定年を話題にする年代でも、
生涯現役で、自分の仕事をきっちりやり抜くものである。
この「久保田一竹」氏は、晩年、
山梨県富士吉田市河口湖のほとりに、存命中、自身の記念館を作っている。
目の前には、河口湖、その向こうには雄大な富士山。
広大な敷地には、四季折々の花が咲き、
滝が流れ、池があり、
もみじの時期には真っ赤な紅葉に包まれる。
それはそれは、氏の作品に相応しい、静寂と格調高き品格の中に、
世界を魅了した代表作が展示されている。
氏はここをアトリエとして、最期まで創作活動をしていたそうだ。
着物、粋を極める染色技術の連作で、四季を表現し、
宇宙まで、全部で80連作を構想していたという。
結局、氏は30連作迄制作に携わり、
未完のまま、この世を去りる。
生前
「自身の存命中、他の作品は、完結しないかもしれない。
しかし、弟子が私の遺志を継いで、作り上げてくれることを信じる。」
と述べていたということだ。
それから21年。
残念ながら未だ完成していない。
人には定命というものがある。
生涯現役で、理想を具現化する。
そして、その先は、後輩に託す。
そのような仕事ができれば、
人としても、職業人として思い残すところはないだろう。
私はどうなのだろうか。
二人の偉人の想いに、自分を重ねる。
