安楽死に、賛成か?反対か?

独りで戦い、生き抜いた――〝安楽死〟した日本人女性 病による耐え難い苦痛と、頼ることをできなくした家庭環境 (TBS)
苦痛に悶えながらも安楽死に反対——難病ALS患者が命を懸けた訴え、生きたいと思える社会を目指して(TBS)

誰の身にも、確実に訪れる「臨終」の問題。
2つの記事は、「死ぬ権利」をどう考えるか、
大局的な生きざまの提案である。

健康で若々しく、家族や多くの仲間に恵まれ、
打ち込める仕事があり、経済的にも安定していれば、
誰しも「生」を諦めたいとは思わないだろう。

しかし、様々な事情が生じたとき、
人は一様に強くいられるのだろうか。
当事者でない私は、想像するしかない。
病気になったとき、疑似体験はできるにしても、
人生と同じく、それぞれの事情でしかない。

生きる権利もあれば、将来を断念する選択肢も否定できない。
ただし、その断念の理由が、経済的なこと、
家族への迷惑ということであってはならない。

この世に生を受けた以上、自死することなく生き切るのが大原則だ。

不可抗力のアクシデントである、難病や事故で、
身体の自由が利かなくなる不幸は、誰の身に起こってもおかしくない。
社会が、そのリスクを回避できなければ、
国家として成熟しているとは言い難いだろう。

しかし、今、我が国を見回すに、
年金生活者の高齢者が、シングルマザーの女性が、子供が、
必ずしも、健康で文化的な生活を保障されているとは言い難い。
財源が枯渇していると同時に、寄り添うマンパワーが圧倒的に不足している。

そうした延長上に、難病患者の対応もある。

日本の病院王と呼ばれ
国内に大規模な医療機関・医療事業グループを次々と築いていき、
衆議院議員としても政治に関わった徳田虎雄氏は、
2002年頃に筋萎縮性側索硬化症 (ALS) を発症して
政界から引退したが、
病床から徳洲会グループ全般へ指示を続け、
今年7月、86歳で亡くなっている。

こうした方は異例中の異例で、
一般の人はALSに罹患してから22年も活躍できないだろう。

しかし、それが一般である社会が理想だということである。
個々の権利を尊重しつつ、
誰しもリスクがある事柄に対し、等しく対応できる福祉国家。
それが究極の理想である。

それにしても、正解を見つけにくいこの問題を
正面から取材しているTBSの記者は、
当事者と直接面談している分、考えることが多いと思う。
過度に感情移入せず、適切な距離感を保ち、
ハガネのメンタルで臨んでもらいたい。

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