「父と一緒に死にたかった」震災の5カ月後に母が”自死”生前かけた言葉に息子は後悔 阪神・淡路大震災「遠因死」遺族の涙を刻むモニュメント

「父と一緒に死にたかった」震災の5カ月後に母が”自死”生前かけた言葉に息子は後悔 阪神・淡路大震災「遠因死」遺族の涙を刻むモニュメント(MBSニュース)

阪神・淡路大震災、あれから30年。
亡くなった方の時間はそこで止まり、
残された人の時間は、物理的には進んでいるものの、
気持ちはそこに置き去りにされている。

何が正解で、何が悪かったか、
それは誰にもわかりはしないが、
大きな災害があったという事実とともに、
そこに住まう方々の生活が一変したことも、また事実である。

最愛の伴侶を無くした喪失感に、一人で立てなくなった妻。
命の尊さを、生徒に教えていた教師の息子の自戒。
せっかく震災で生き延びた母親の、
心を支えられなかった無念が痛いほどわかる。

「生きる」ということを突き詰めれば、
究極、自分の問題である。
周囲が支えることができれば、それに越したことはないが、
なかなか個人の価値観に踏み込むことは難しい。

30年たった今も、後悔し続ける息子は、心優しき親孝行者。
一人だけ助かり生きていけなかった妻は、
究極の伴侶と添い遂げられて、ある意味果報者。
なかなかそのような出会いに恵まれることはない。
それだけ妻に慕われた夫も、また果報者。

事実を変えることはできない。
せめて見方を変えて、
何かしらの意義を持たせなければ、心が救われない。

平常時、今ある幸せを実感することは、なかなか難しい。
当たり前が当たり前であることの幸せ。
そう、メーテルリンクの「青い鳥」は、いつも私たちの傍にいる。

いつ、その日が来てもいいように、
防災用品の備えをすることは勿論のこと、
何の変哲もない日頃の人間関係においても、
感謝と慈悲の心で紡ぎ、
後刻、「ああしておけばよかった」「こうしておけばよかった」
と後悔がないように、日々穏やかに過ごしていきたい。

あらためて、多くの御霊に合掌。

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