自称“AI誘発性心理反応”の30代ニート「誰にも肯定されていない不安感に」 生成AIの“誤った使い方”に専門家が警鐘

自称“AI誘発性心理反応”の30代ニート「誰にも肯定されていない不安感に」 生成AIの“誤った使い方”に専門家が警鐘(ABEMA TIMES)

最近、パソコンでPDFを閲覧すると、見慣れない表示が出現する。
「AIアシスタント」だ。
画面の右上に、赤から青のグラデーションで出現し、
否が応でも、使い手の目を引く。

何なのかと思い、ポチッとクリックしてみる。
顧問先からの労務相談で送られた資料を開いたものだが、
「この文書は長いので、要約しましょうか?」
と聞いてくる。

確かに、メリハリなくダラダラと書かれた文書を、
数十枚読まされるのは難儀だ。
AIが要約してくれれば、願ってもない。

その後、丁寧に、「質問はありませんか?」
と聞いてくる。
思いつくまま質問をすると、それなりに回答が返ってくる。

短時間にこれができるというのはさすが機械だ。
ただ、インターネットが普及した時代、私たちは、
玉石混交で、不確実な情報が紛れ込むことも多いことを学習している。

利便性に胡坐をかいていると、
誤った情報を正しいものとして認識してしまう虞がある。
検証するには、
人間が正しい知識を持ち合わせていないと怖いということだ。
警戒心をもって、疑ってかかれる姿勢が大事だということだ。

文書を認めるということは、
その人物がいかに広い見識を持ち、洞察力を持ち、
文書にまとめ上げる力を持つかのバロメーターだった。

しかし、AIが文書を作成してくれるということになると、
人は理解していなくても、誰でもAIさえ使えれば、
そこそこの内容の文書を短時間で作出することが可能ということだ。

AIの台頭を知って久しいが、
それが普及するまでには、まだ先のこととタカをくくっていた。
パソコンのアップデートで、これが使えるようになったということは、
それだけ一般化してきたということだ。

記事の依存症は勿論のこと、
コツコツと努力して、考えない人間が多くなるであろうことを危惧する。
年がら年中、機械相手の生活が及ぼす、
人とのコミュニケーションの取り方についても憂いを覚える。

AIの正しい使い方を誰が決めるのか。
膨大な資料の整理、膨大な文書からの検索、
といった使い方は非常に有益だと思う。

いずれにしても、
機械とは、距離を測りながら付き合っていかなければならないと思う。
ますます、シニアは生きにくい世の中になった。

Comments are closed.