「中道政治諦められず」 山尾志桜里氏、無所属で参院選出馬表明(毎日新聞)
有権者の目が厳しくなっている。
公費を使って政治活動をする政治家に対して、
国民のチェックは避けて通れない関門だ。
「何をしたいか」と「何ができるか」とは違う。
有権者は、国政の行く末を担う代表の、人となりを知らない。
外形に表出した人物像で判断せざるを得ない。
それゆえ、公人のプライバシーは広く公開される。
公益目的であれば、
通常、人に知られたくないであろう、プライバシーを流布したところで
違法性は阻却されるし、損害賠償の対象にもならない。
週刊誌や新聞の報道が好例である。
古く、「宴のあと」事件(東京地判昭和39年9月28日)は、
作家の三島由紀夫氏が、元外務大臣の著名な政治家A氏を
モデルとした小説「宴のあと」を発表したものだが、
それがプライバシーの侵害に当たるとして、
損害賠償などの請求がされたものである。
この事件は、「プライバシー権」を、
最初に認めた判決として巷間の耳目を集めた。
裁判所はプライバシーの侵害に対し、
「法的救済が認められるのは、
公開された内容が私生活の事実または
事実らしく受け取られるおそれのある事柄(私事性)であり、
一般人の感覚で自分だったら
公開を欲しないであろうと
思うような事柄であり(秘匿性)、
一般の人々にまだ知られていない事柄(非公知性)であって、
この公開によって実際本人が不快、
不安の念を覚えたことを
必要とする」とした。
ちなみにこの裁判は、三島氏側が敗訴。
A氏のプライバシー権の侵害が認められた
プライパーシーの判断は、「私事性」、「秘匿性」、「非公知性」である。
よって、政治に携わりたい人間は、公共性・公益性の視点から、
自身の恥部も白日の下に晒す勇気と、説明責任が求められる。
これができない人は、社会が容易に許容しない。
彼女が、真に政治をしたいことは分かった。
しかし、中途半端な禊はいただけない。
彼女らの行動が原因として、人一人が、
命を落としていると報じられている。
そこのところを、「プライバシー保護」で幕引きできないのが政治家の性である。
まず、その部分から政治家を再び志す本気度を示してほしい。
