原爆が落ちて避難する途中、保育園の鉄棒で少女たちは遊んだ……戦争の真実を伝える注目の児童書(読売新聞)
日常の中の非日常は、後に、事実を俯瞰できるようになってから、
ようやく、その恐ろしさを現実のものとして覚知することになる。
正しい情報がなければ、日常と異なる奇異は、
その重大性・緊急性が見落とされがちである。
80年前の世界は、世界が戦争をしていた。
その悲惨さ、悲しさ、虚しさ、食料がないひもじさを、
当時の人々は、十二分に体感したのだが、
語り部が少なくなり、代替わりしつつある今、
そうした戦争体験の伝承が薄れつつある。
世界は再びカオスの中に存在し、
弱いものにしわ寄せがされている。
国際社会が、出過ぎた愚行を抑える術を持たない。
力を持つものは、その力に任せて、弱気をくじく。
ガザも、ウクライナも、非日常的な状況が日々報道されているためか、
そうした悲惨な状態が常態化してしまい、解決能力が麻痺している。
映像で困窮する人々に対して、
自分が、家族が、親しい人がそうだったらと、少なくとも置き換えが必要だ。
幸福に身を置くものは、そうでない人に、その福を分け与えなければならない。
比較的安定した国に住まう私たちは、何をすべきか、何ができるか。
とりあえず、粛々と、平和への真摯な希求と、
そのための啓蒙活動を後押しするしかない。
80年目の終戦記念日は、過去のものではない。
いまを生きる者として、心して迎えなければならない。
