「凡事を極め、100年企業へ」
一角の人は、行動も言動も凡夫ではない。
当たり前のことを当たり前にする。
凡夫にはこれができない。
「親子ならば親を大事にするのは当たり前のことです。
会社なら創業者を大事にすることもまた当たり前のことです」
そのとおりである。
大和ハウス工業の樋口武男会長が朝、
大阪本社に出勤したらまず向かう場所がある。
創業者、石橋信夫氏の執務室だった部屋である。
2003年に石橋氏が亡くなった後も
本社15階の執務室はいまも残されている。
そこで石橋氏の遺影を前に経営についての思いを静かに伝え、
石橋氏の魂と対話する。
ここに、正しいリスペクトを見る。
「心は形にあらわれ、形は心を表す」
人としての徳を見る。
徳が欠落している人は、これを読んで何も感じない。
創業者に対するリスペクトができない会社は、
早晩社会の荒波に飲まれる。
会社のもつ社会的役割を明確に心に刻み、
その精神を次の世代に伝える。
必要なこと、不必要なことの選別を、創業者と対話する。
創業者が彼岸の人となった暁には、その魂と対話する。
生き残る企業には、それなりのアイデンティティがある。
会社もそうだ。
組織もそうだ。
引いては、国の形もこれに尽きる。
少しくらい金が稼げるようになったからといって、
間違っても、自分一人で大きくなったような口をたたいてはならない。
【真の志は、時代を超えて語り継がれる】
「朝に道を聞かば夕べに死すともかなり」
これは、春秋時代の思想家孔子が述べた言葉である。
秩序ある理想の社会ができたならば、
私はいつ死んでもいいという意味だ。
当時は乱れに乱れた戦乱の世。
一番売れた商品は義足だった。
生まれないよりは生まれたほうが良い社会。
生まれてきて良かったなあと
皆が実感できる社会が築けたならば、
どんなに幸せだろう。
これが孔子の思い描いた理想の社会だった。
私も社労士にならないよりは、
社労士になって良かった
という資格にしたいと常々思って活動した。
今でも、心からそう思っている。
