辺野古発掘調査

辺野古掘削調査:抗議の間隙縫い 「既成事実化」批判も(毎日新聞)

いよいよ、辺野古のボーリング調査が始まった。エメラルド色の海に、また新たな建造物が立つのかと思うと、沖縄県民でなくとも切ない気持ちになる。
首都の繁栄は、地方の犠牲の上に成り立つ。それを当然と、顧みない人に、この切なさは理解できないだろう。私たちは、一人では何もできない。国民が信託した、国という共同体の中で諸問題の解決を試みるも、その規模が大きくなればなるほど、地域格差が生じる。
安保保障で、米軍の支援は必要だが、基地負担はしたくない・・・。
誰でも同じだ、そのように考える。
これまでのように、政府は、財政基盤が弱い地域に、金の力で皆が忌避したい負担を一方的に押し付ける政策を取ってはいけない。分かっていても、適当な代替え案もなく、また沖縄の方々にご負担いただくことになるのかと思うと、心苦しい限りである。
 海洋万博開催の際、浅瀬のリーフを埋め立て、道路を作ったという。そうしたところ、サンゴが死んだ。生態系が破壊され、人に害をもたらすオニヒトデが増えたという。
 物事はすべからくバランスであるが、人々に利便性をもたらすはずの開発が、必ずしもそうばかりでなかったことにつき、人類は既に経験済みである。しかし、中国の脅威、近隣諸国の脅威から国防を考えたとき、沖縄という立地における基地拡充の重要性も否定できない。
 人類がみな兄弟であり、平和であれば、そのような心配をすることもないのにと思うと、やはり切ない。子供たちの未来を、国の将来を考えると、ジレンマだらけである。

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