「まるでカルト」…イヤホン耳に無音で盆踊り

「まるでカルト」…イヤホン耳に無音で盆踊り、「うるさい」苦情で(産経新聞)

地域の連帯感が希薄になった証拠である。
たしかに、浴衣姿の老若男女が公園に集まり、
音楽のない中でひたすら踊る姿は異様な光景だろう。
盆踊りは、「盆の時期に死者を供養するための行事、
またその行事内で行なわれる踊り」と説明される、
死者を敬い、地域の連帯を高める伝統行事である。
娯楽が少なかった子供の頃、大きな笛や太鼓の音を聞くと、
ワクワクしながら、親に浴衣を着せてもらい、
会場に走ったものだった。
今でも、一定年齢以上の大人は、
盆踊りのそうした楽しかった思い出を、共有しているものと思う。
その心躍る祭囃子を「うるさい」と感じる住民の意識と、
苦情に配慮せざるを得ない行政の立場は、実に切ない。
そして、行政指導の下、参加者の各自が、
イヤホンで盆踊りの音楽を聴き、無音で黙々と踊る。
これまで私たちは、聴覚、視角、嗅覚等の
感覚を総動員させて、祭りを記憶していた。
笛や太鼓の祭囃子を聴き、
数多くの提燈で飾られた会場の中心に、
紅白の幕で囲まれた、櫓の上にしつらえられた大太鼓、
それをねじり鉢巻きで、上半身裸の若衆が渾身の力を込めてバチでたたく。
ズシリと腹に響く大太鼓の音。
色とりどりの浴衣をまとい、帯に団扇を挟んだ踊り手、
そして、露店で焼かれるイカ焼きやとうきびの、
醤油のにおいを感じながら踊る盆踊り。
そして、よく冷えたラムネを喉に流し込むことも、
子供にとって、一年でこのときだけの無礼講だった。
これが、私にとって、祭りの心象風景である。
一体イヤホンの盆踊りは、現代の子供達に
どのような心象風景を残すのだろうか。
伝統と、受忍の限度のバランスを、程よく保つことはできないのだろうか。
残念でならない。住みにくい世の中だと思う。

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