石丸市長「どう喝」裁判 「一審判決は恣意的にどう喝発言の存在を認めず」控訴理由を明らかに 安芸高田市(テレビ新広島)
行政の、トップの喧嘩。
恫喝があったのかなかったのか、
名誉毀損があったのかなかったのか。
税金を投入して裁判までするほど、重要な事態なのか。
事案の詳細は確かでないが、
市民が、置いていかれている気がしてならない。
人間は感情の動物であるから、
行き違いにより衝突することもままある。
しかし、自身に課せられた職責から、
政策論争以外のことに関しては、大目に見るべきだ。
国会も、それが上品か、下品か、
適当か、そうでないかの議論は別として、
辛辣かつ、罵声ともとれる大声のヤジが横行している。
最近、民主主義の弊害ばかりが目に付く。
まず、迅速性に欠ける。
多数の論理が、派閥形成に傾き、
政治指揮下の行方を不確かなものにする。
元総理の暗殺という、凶行手段をとらなければ、
宗教二世の問題もメスが入らなかった。
紳士的な議論、有権者からの丁寧な傾聴。
議論を尽くしたうえでの多数決。
残念だが、どれをとっても絵空事のことが多い。
しかし、だからと言って、
独裁制が招くシステムの弊害を、私達は数多く知っている。
政治は、どこを目指すべきか。
分からない人は政治家に立候補すべきではないし、
有権者もそうした人を選んではならない。
国民には、少なくとも公益を考えられる、
成熟した考えを教育しなおさなければならない。
ちなみに近時、区長が女性、女性議員の議席が過半数を超えたとして、
話題になっている自治体がある。
杉並区である。
賛否両論はあるものの、モデルケースとして注目を浴びる。
女性の意見を数多く取り込むことで、政治の刷新を図れるのだろうか。
□□□ランキングに参加中です□□□
□□□クリックお願いします!□□□
社会保険労務士 ブログランキングへ
