「孤独死が発生しています」憧れだったマンション群でまさかの掲示 都心の一等地なのに超高齢社会…日本の未来の縮図で起きた悲しい現実

「孤独死が発生しています」憧れだったマンション群でまさかの掲示 都心の一等地なのに超高齢社会…日本の未来の縮図で起きた悲しい現実(47NEWS)

超高齢化社会の「現実」は他人ごとではない。
気持ちはいつまでも青春だが、体が利かなくなる。
物忘れはひどくなる。
しわの中に顔が埋まる。しみが増える。
口を突くのは愚痴ばかり。
インターネットやスマホがうまく使えない。
テレビのニュースでは、横文字が多くて理解できない。
物価の上昇に年金額の上昇が追いつかず、
楽しみをあきらめて必要最低限の出費に抑える。
社会の変化についていけない年寄りは、間違いなく取り残される。

たまに、一人でファミレスに入っても、
タブレット式のオーダーのやり方が分からず、
若い店員の手を煩わすのが申し訳なく感じる。
料理を運んでくるのはロボットだし、会計も機会を介しての自動だ。
人と会話することがなくなると、
会話を忘れてしまう、言葉を忘れてしまうようで怖い。

若かりし頃、相当な倍率をかいくぐって権利を獲得した団地の入居も、
いまは昔、独居老人の終の棲家だ。
孤独死は、他人ごとではない。
独立した子供たちは寄り付かない、
買い物もゴミ出しもままならない。

高度経済の成長期に尽力した団塊の世代が
このような寂しい老後を送っていいのだろうか?
こんな老後は、誰だってごめんだ。

要は、生き甲斐、生きる目標設定が必要だ。
強制的に働かされるのではなく、
人の役に立つ働き方をしたいとする
承認欲求が充足できる生き方の多様性。

年齢を重ねることに、体力の衰えは抗うことはできないが、
残存能力をフル活用して、
いくつになっても、長年の経験を生かして、
社会の役に立つことをすることは可能だ…とのスタンスが重要。

シニアの自尊心を尊重しながら、
労働生産人口の減少を補完すべく
健康で、生涯現役の実現がしやすい社会の構築を望む。

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