隣家の落ち葉で庭が埋まる…「掃除をしてくれ」と求めることはできるのか?(弁護士ドットコムニュース編集部)
枯葉の季節。
小春日和の柔らかな光の中、
ハラハラと舞う枯葉は、実に趣がある。
季節の移り変わりを肌で感じる、贅沢な時間である。
しかし、それが、自分の家の庭に堆積するとなると話は変わる。
どうして隣の枯葉を、ウチで掃除しなければならないのか。
時間がかかる、手間がかかる、業者を頼めば金がかかる。
だから今の若い人は、庭がない家を好むという。
手入れが必要ないからだ。
しかし、私は地べたの庭付きの家が良い。
願わくは、平屋が良い。
庭木に季節の花を愛でながら、四季の移り変わりを感じたい。
枯葉の掃除も、少々の配慮があれば、お互い様である。
来るもの拒まず、去るもの追わず。
昔読んだ本に、こんなくだりがあった。
筆者が枯葉の時期、出勤途中で通りかかる家の前を、
毎日黙々と掃き清めている、高齢女性がいる。
ある時、
「御精が出ますね」と声をかけると、
「有難いことです。今日も、枯葉を掃くことができました。
元気に、生かされているという証拠です」
と、答えが返ってきたという。
何気ない習慣に、ドキッとする発見である。
同じ掃除をするにしても、
文句を言いながらイヤイヤやるのと、
感謝をしながらするのでは
心の持ちかたが異なる。
その分、体への影響が違ってくる。
小さな秋見つけた。
小さな幸せ見つけた。
小さな幸せは、溜りたまって、大きな幸せになる。
