山月記

久しぶりに、中島敦の「山月記」を手にした。

現代語訳の、読みやすい本だ。
「山月記」は、虎に変身してしまった男が、かつて望んだ詩人としての名声と、その挫折を語る物語である。
折角の能力があったとしても、心が正しい方向を向いていなければ、人は間違いなく凋落の一途をたどる。
トラになった男は、ときどき人間の心を取り戻し、後悔の念にとらわれる。
適切な比喩とまではいかないが、いうなれば痴ほう症のマダラボケに近い状態なのであろう。

自分という「人格」の中に住まう、もう一つの「獣格」。
時間の経過とともに、事理弁識をわきまえない「獣格」の時間が、多くを支配するようになる。
そして、究極、「人格」が「獣格」に塗り替えられる。
読んでいて実に、切ない気持ちになる。
ストーリーとしては、カフカの「変身」、ある朝、虫に変身したグレゴール・ザムザと共通する部分が多分にあるが、
ザムザは身に起こった事実を、事実として飄々と受け止めており悲壮感が希薄なのに対し、
山月記の李徴は、現在の己に対する罪悪感に終始し、自嘲的に後悔してやまない姿が、読者の哀れを誘う。

人は、ともすれば奢り、己の能力のなさを、他に転嫁しがちだ。自分は正しい、自分は悪くない。
そう考える私たちは、自分が気付かないだけで、既に「虎」になっているのかもしれない。
人間社会に引き返せない、末期的な事態に至る前に、愚者たる私たちは、人としての理性を取り戻さなければならない。
「獣格」に支配されたかつての人間が、その末路にいくら咆哮したところで、誰も救いの手を差し伸べてはくれない。

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