Archive for 3月 2025

静岡・富士宮市のテーマパーク跡地に「ノースサファリ」運営会社が支店設置…市長、打診認め「困った話」

静岡・富士宮市のテーマパーク跡地に「ノースサファリ」運営会社が支店設置…市長、打診認め「困った話」(読売新聞オンライン)

ノースサファリに「一体どんな動物園なのか見ておきたい」、閉園発表後初の営業日も来訪者続々(読売新聞オンライン)

法令違反が問題化している「ノースサファリ」。
オープンから20年となる今も違法状態が続いていることから、
市は、建物の撤去を命じる行政処分を検討する事態に発展した。
その結果、会社側は、今年の9月をめどに閉園を決定したものである。
札幌市は、今まで何をしてきたのかという問題だ。
閉演が決定され、市はやれやれと言ったところだろう。

そのようなこととはつゆ知らず、動物との触れ合いを楽しんだ来園者が相当数いるはずだ。
かくいう私も、その一人である…。

札幌の代替地として、
今度は静岡県・富士宮市のテーマパーク跡地に移転が検討されているようだ。
動物たちの受け入れ先を誰もが心配していたが、
「日本一危ない動物園」と評される園が、
新天地にそっくりそのままお引っ越し、
と言うことになるのか。

他方、移転問題が降ってわいた富士宮市は、
さぞ困惑していることだろう。

ルール違反を常態化させている会社が、
移転先で、急に遵法精神を貴ぶとは思えない。
そうすると、ライオンをはじめとする、
猛獣の管理は大丈夫なのだろうか。

大地震や、富士山の噴火が懸念される今、
有事の際のマニュアルは万全だろうか。
(それを言ったら、富士山周辺の、
富士サファリパークをはじめ、
伊豆アニマルキングダムの、ライオンやホワイトタイガーも、
そして、伊豆熱川バナナワニ園のワニたちも、大丈夫なのか心配になってきた。)

今回の移転は、ただ、札幌から富士宮へと
看板を掛け変えただけということにならないよう、
行政も住民も、監視体制を強化しなければならない。
企業側にも、情報を後悔する責任がある。

安全安心の下に、
動物と人間の触れ合いが行われる施設へと変貌を遂げてほしい。

石破首相事務所、衆院1期生との懇談で商品券10万円分を配布 15人全員が自主的に返却

石破首相事務所、衆院1期生との懇談で商品券10万円分を配布 15人全員が自主的に返却(産経新聞)

稀代、KYな首相である。
商品券を提供された新人議員は、全員が自主返却。
残ったのは、首相の悪評だけである。

あれだけ国会が紛糾し、総裁選の争点となったはずの裏金問題。
今、再び、それを想起させる行為を、首相自らがするか…との問題である。
新人議員のほうが、よほど良識をわきまえていると言わざるを得ない。

高額医療費の負担増の問題もそうだ。
あれだけ各方面から反対があったにもかかわらず、
今年8月改正を軸とした2025年予算案が強行され、
参院で議決後に衆院に戻して
再度可決し直す異例の手続きとなったことは記憶に新しい。
こちらも前代、稀に見る失態と評価されよう。

政治に流れが見えてこない。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
政治に対する信念が見えない首相に、
最も世界が混迷する中での、かじ取りを任すことほど心もとない。

続けざまの失態に、もうこれ以上の詭弁も方便も通用しない。

動画配信、「投げ銭」で収益 ファンが応援、推し活感覚 獲得額を競うイベントも

動画配信、「投げ銭」で収益 ファンが応援、推し活感覚 獲得額を競うイベントも(時事通信)

新しい文化と言えるのだろうか。
SNSが発達したことによる、安易な配信は、
当たれば大きな金が動く。
推し活よろしく、フォロワー同士が競いあい、熱くなる。
自分がどれだけ配信者を大切にしているか、
その指標は配信ライブに訪れる回数であり、
閲覧時間であり、投げ銭の多寡のようだ。

日常生活でなかなか満たされない憤懣を、
推しのライブ配信を閲覧し、
投げ銭で解消しているように思えてならない。

その心理が今一つ理解できない者にとって、
そもそも、何の意味があるのか腑に落ちない。

こうした配信が、金銭トラブルのきっかけとなるようでは、
配信者も、閲覧者も気の毒である。
善良なのか、悪質なのか、双方ともに見分けがつかない。
SNSは、面識がない人と新たな出会いを与えてくれる半面、
相手のことをよく知らないため、一定の距離感が必要だ。
何が起こるかわからない。
そうしたリスクを十分認識したうえで
ライブ配信を楽しまなければならない。

高田馬場の事件では、250万円以上の金銭トラブルがあり、
民事事件では、今回被害者となった女性に、
損害賠償の支払いが命じられたという。
ただし、女性が任意に支払いに応じなければ、
相手方は、強制執行をするしかない。
しかし、財産がなければ、強制執行もかけられないのである。
しかも、返済してもらおうにも、女性は姿を消して消息がつかめない。

これでは男性側も気の毒だ。
そこで加害者は、憎しみを深めていったのだろう。

このようなトラブルを抱えたうえで、
自身の所在を明確にするライブの配信は自殺行為である。

魅力ある動画の配信者に、ファンがつく。
投げ銭をはじめとして、金銭の貸し借りはトラブルのもとだ。

それぞれの言い分があるのだろうが、
間違っても詐欺まがいなことをしてはならない。
命がけの配信など、愚の骨頂である。

職場内結婚で雇い止めを通告 女性助教ら地位確認で提訴、宮崎

職場内結婚で雇い止めを通告 女性助教ら地位確認で提訴、宮崎(共同通信)

今や懐かしき、悪しき風習の「寿退職」の話題だ。
労働者が、婚姻を機に退職することは一向にかまわないが、
事業所側が慣習を理由に、労働者へ退職を強要することが問題だ。

一昔前、昭和の時代には当然のごとく、結婚に際して肩たたきがあった。
女は結婚したら家に入り、企業戦士の夫を支え、子供の面倒を見、
介護が必要になった親世代を見るのが専業主婦の鑑であり、
良妻賢母との評価が社会通念だった。
この頃は、介護保険制度もなく、介護の担い手は「嫁「」だった。
それゆえ、女性は学問を身に着ける必要はない、学校を出た後は、
家事に困らない花嫁修業が推奨された。

時代は変わって平成の女性は、昭和の時代と価値観を異にする。
結婚だけが女性の幸せではない。
能力を生かせる生き方こそ、幸福の尺度である。
個のニーズに沿って、多種多様な生き方の選択肢が推奨される時代だ。

そして今年4月、育児介護休業が大きく変わる。
なぜか。
国の未来像として、人口が減る少子化に歯止めをかけなければならない。
よって、女性が活躍できる場を担保しつつ、
育児や介護と、仕事が両立しやすい
社会の実現を目指しているのだ。

企業においては、国の政策に反する「慣習」は、変更しなければならない。
それは、時代の変遷とともに、義務化された。

したがって、時代に合わない理由で、今回のような雇い止めは認められない。
時代錯誤の寿退社を理由とした雇止めは、
裁判なれば負けると考えた方が良い。

こうした報道を見るにつけ、会社が独りよがりの労務管理に嘆息する。
法治国家において、社会のルールの枠組みの中で、
会社を運営しなければならないとする、コンプライアンスを教えてあげたい。

社会保険労務士が、上手に活用されていない事案だ。
まだまだ、啓蒙すべき事業所がある。

花粉ピークでついに現れてしまった…虹色の”魔のサークル”が見える日

花粉ピークでついに現れてしまった…虹色の”魔のサークル”が見える日に気象予報士が必ず守る「鉄則」とは(Yahooニュース)

この時期、花粉症は国民病だ。
私は幸いにしてそれほどひどくはないが、
周囲には目を真っ赤にして、
人目をはばからず大きなくしゃみをし、
ティッシュを手放せない人が増える。
国民の半数以上は、花粉症だというのだから、
随分とメジャーになったものだ。

50年ほど前は、「鼻炎」で片づけられていたこの病気、
「花粉症」と改名されてからは、
同じ病気でも、品が良くなり、格が上がったように感じてならない。

せっかく暖かくなり、花見にでも行きたくなる季節だが、
外出を恐れる人が増えるのも道理だ。

それにしても、虹色の”魔のサークル”の存在を初めて知った。
「花粉光環」
人体に悪さをしなければ、実に美しい自然現象だ。
単に花粉だけならそれほど問題はないのだろうが、
これがPM2.5や黄砂と結びつくととんでもないことになるようだ。
時代劇の、越後屋と、悪代官の様なものだ。

PM2.5は、大気中に浮遊する
2.5マイクロメートル(髪の毛の太さの30分の1)以下の超微細な粒子。
硫酸塩、硝酸塩、炭素成分(有機炭素、元素状炭素)などの
有害な化学物質を含んでいると言われる。
そして、黄砂は来なくてもいいのに、
遠路はるばる偏西風に乗って中国から飛んでくる。

この時期、自動車には黄色い砂のようなものが付着し、
払っただけでは頑固に取れない。
これが花粉の正体だ。
アスファルトで覆われた都会は、花粉を吸収する場所に苦慮する。
それゆえ、宙を漂い、人々の花粉症を誘発するアレルゲンになる。

国民の半数以上が苦しんでいるのに、
毎年、対処療法として薬を飲むしかできないのは科学の敗北ではないか。
それとも、研究に本腰を入れないのは、
アレルギー市場を支える企業(製薬会社やマスク業界)の思惑か。
だとしたら、人々の苦しみのうえで商売するのはいかがなものか。

とはいうものの、よく考えれば、弁護士も医師も同じかもしれない。
高収入が期待できる職業は、人の苦しみを救うとの美名のもと、
苦しんでいる人がいなくなると、廃業する職業であるともいえる。
その意味では、アレルギー市場を支える企業も、非難に値しないのかもしれないが…。

いずれにしても、患者には受難の日々が続く。
早く外で楽しめる日が来ることを想いながら、
家の中で、耐え忍ぶことしかできない。

東日本大震災 14年前の「未公開映像」分析 「引き波」の脅威と新たな仮説

東日本大震災 14年前の「未公開映像」分析 「引き波」の脅威と新たな仮説【バンキシャ!】

未だ新たな映像が見つかる。
ひき波を記録したこの映像は、
これまでの津波の常識を覆すほどのものだという。
ひき波の強さ、襲ってくる時間、こうしたビジュアルな記録を
丁寧に解析することで、
次の災害から命を守る一助になる。
このように考えると、何事も検証することが大事であることが分かる。

東日本大震災の後、不幸にも原発事故が起きた。
津波も、原発事故も、想定を超えていたというが
果たして、それは本当なのかと訝しく思う。

あれから14年の歳月が流れた。
震災時に誕生した子供らは、中学2年生になった。

当時、私は東京の連合会館の5階で、
就業規則セミナーの講義をしていた。
御多分に漏れず、床が揺れた。尋常でない、激しい揺れだった。
受講者の皆さんの身を案じ、当然セミナーはそこで中止。
エレベーターは止まっていたので、
全員、階段で地上に向かった。
受講者の一人は、遠くは八戸から参加していて、
その後、帰宅に困難を極めたという。

私とて、常宿の帝国ホテルに車で向かうのに、
通常20分もあれば、十分到着する距離が、
2時間半かかったという渋滞ぶりだった。
未曽有の天災に、被災地のみならず世の中が混乱し、
誰もが正しい情報を求めた。

よって、震災直後には、その関連書籍を多く読んだものだった。

ひき波に関しては、
「三陸海岸大津波」が実にリアルだった。

この作品は、小説家吉村昭による中編ルポルタージュであり、
初版は中公新書で、1970年(昭和45年)
『海の壁 三陸沿岸大津波』の題名で刊行されたものだ。

なお、国土交通省東北地方整備局 釜石港湾事務所のホームページでは、
「歴史に残る大津波の記録は、869年、1611年、1616年、1676年、1696年、1835年、1856年、1896年(明治29年)、
1933年(昭和8年)と続きますが、ほかにも大小数多くの津波が、三陸海岸に襲来しています。
明治29年の大津波は、6月15日の旧端午の節句の夜に起こりました。最初の地震が7時32分に発生し、
その後、釜石沖約200キロを震源(マグニチュード8.2)とする大小11回の地震が約1時間に渡り断続的に続きますが、
8時2分に発生した地震がもっとも大きく、それから約20分後に海水が大きく引きはじめ、やがて三陸海岸は近代史上最悪の巨大津波の襲来を受けます。」
とある。

先の書籍におけるルポルタージュでも
特に、明治29年(1896年) 明治三陸地震の項は迫力があった、
海水が急激に引いた後にすさまじい轟音と共に
黒々とした波の壁が押し寄せた。
アッという間に人や家屋は波にのまれ、
2万6千人以上の人が亡くなり、約1万戸の家屋が流出したとされる。

海水が急激に引いた後、干潟となった海底には、
遠くまで、多くの魚がピチピチと跳ね、
人々は我先にと、狂喜乱舞し、バケツ一杯、
持ちきれないほどに、拾い集めていた姿が描かれていたと思う。
その後の顛末は、知ってのとおりである。

これだけ頻繁に大津波が来ている地域において、
津波の襲来が想定外だったと言い切れるのか、極めて疑問である。
少なくとも、14年前には、小説家吉村昭は実際に体験した人たちのインタビューから、
津波を検証し、それをまとめた書籍を上梓し、
人々に警鐘を鳴らしていたではないか。

「天災は忘れたころにやってくる」

三陸海岸大津波」は、同じく吉村昭氏の著作である、
関東大震災」とともに、定期的に読みたくなる良書だ。

東京大空襲80年 海老名香葉子さん「もう決して私のような子どもをつくらないで」 平和願う「時忘れじの集い」

東京大空襲80年 海老名香葉子さん「もう決して私のような子どもをつくらないで」 平和願う「時忘れじの集い」(東京新聞)

80年前の3月10日、東京大空襲があった。
罹災者は100万人を超え、死者は9万5千人を超えたといわれる。
その悲惨さは、体験者の語りから、私たちは疑似体験している。

海老名香葉子さんといえば、自叙伝的エッセー・児童文学の
「うしろの正面だあれ」が真っ先に思い浮かぶ。
昔、子供に何度も読んで聞かせた本だ。
何度読んでも、読み聞かせるこちらの目頭が熱くなる。
こんなことは二度とあってはならないと思っても、
世界を見渡せば、今、ウクライナが、ガザが、
同じ悲劇をくりかえしている。
人類は、歴史で何を学んでいるのだろうか。

最近、テレビでお見掛けしなくなったと思っていたが、
蛯名さんは91歳というご高齢で、移動にも不自由されているご様子。
それでも、惨事の節目である式典に出席され、
メッセージを伝えられた。
いくつになられても、衝撃の体験を語り継がなければならないとする
語り部の強い意志だ。

戦後の高度経済成長期を経て、
私たちが享受している豊かな社会は、
この時代の方々の、犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。
歴史というものはそういうものである。
過去があって現在がある。まさしく命のリレーである。

よって、都度立ち止まり、
天寿を全うできなかった人に、
大切な人を失った人々の悲しさに、
思いを馳せる時間を持ちたい。
そして、世界情勢が不安な今だからこそ、平和の誓いを新たにしよう。
合掌

ゾウのランディ死ぬ 映画やテレビで人気集める 推定45歳、転倒で体に負担 市原ぞうの国

【速報】ゾウのランディ死ぬ 映画やテレビで人気集める 推定45歳、転倒で体に負担 市原ぞうの国(千葉日報オンライン)

市原ぞうの国の象たちは、芸達者が揃っている。
器用にも、鼻でぐるりと筆を挟み、
花や、クラゲや、自分たちの絵も描く。
季節に合わせて、桜や、スイカも登場する。
勿論、色も変えることができる。

人間を載せて歩いたり、
鼻にぶら下がることもさせる。
サッカーも、お手の物。

とにかく、訪れた大人も子供も、
彼らのパフォーマンスを楽しむことができる。

象使いは、調教棒を持ち、
要所要所で彼らの体を刺激する。
これが動物虐待だと、愛護団体が非難するものだが、
ツボを押して、指示を出しているに過ぎないという。
確かに、彼らの皮膚は固くて厚いため、少しのことでは傷つかないだろう。

ゾウのランディに話を戻そう。
彼女は、1992年11月に、20歳の若さで、突然の交通事故で亡くなった
象使いの哲夢氏と深い絆で結ばれていた。
映画にもなった哲夢氏とランディーの別れのシーンは印象的だった。

棺を載せた霊柩車が園を去るとき、
彼女は眼に涙を浮かべ、車に寄り添い長い鼻を高く上げて咆哮した。

その後も写真を見せ、声を聴かせると、懐かしそうにしていたというのだから、
人間の感情と何ら変わらない。
人と象は、心を通わせることができることを二人が実証した。

今頃ランディは、天国でようやく会えた哲夢氏に、
その後の長かった生活を、積もる話をしているに違いない。
上手になった絵も披露しているのではないだろうか。

「人間と共存する幸せなゾウの国をつくる」という彼らの夢は、
哲夢氏の妹さんにあたる副園長と、後輩象たちに引き継がれた。

心の傷を癒すということ――大災害精神医療の臨床報告

【増補改訂版】心の傷を癒すということ――大災害精神医療の臨床報告

3月11日が近い。
14年前の2011年(平成23年)、確かに私たちは津波の恐怖を目の当たりにした。
昨年の元旦は、能登が被災した。
1995年(平成7年)1月17日は阪神淡路大震災だった。
あれから30年。日本は災害列島だ。

その阪神淡路大震災で、自身も被災しながら、
被災者の心のケアに当たった若き精神科医がいた。
手探りの診療、ボランティア医師との連携、寄り添う医療、
その記録が淡々とつづられた名著が「心の傷を癒すということ」であり、
その後、増補改訂版が発刊されている。

精神科医も人間である。
ただでさえメンタルを維持するのに大変なところ、
患者が、また回復期にある患者が、
さらに、被災しながら勤務しなければならない医療従事者が
皆、メンタルを保つ必要があり、その中核を担い、かつ、
克明な記録を残す。

それまで、あまり認知されていなかった、心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、
阪神淡路大震災、知られるようになった。
このPTSDは、命の安全が脅かされるような出来事(戦争、天災、事故、犯罪、虐待など)によって
強い精神的衝撃を受けることが原因で、
著しい苦痛や、生活機能の障害をもたらしているストレス障害であるが、
安医師の記録が、世に知らしめるきっかけを作ったといっても過言ではない。

「心の傷を癒すということ」、安克昌医師の魂の記録である著書は、
その後の被災地における、メンタルケアに大きく役立っている。

残念なことに、安医師は、
がんにより、2000年に39歳の若さでこの世を去っている。
今、御存命なら、60代前半である。
克明な記録を綴り、刊行した同書により、
1996年12月、「サントリー学芸賞」受賞した。
彼の死は、震災から5年後のことである。

その仕事における功績は、医師仲間からも評価が高い。
彼の生涯は映画化もされ、また今年、2025年1月、
NHKEテレ『100分de名著』にて
『心の傷を癒すということ』がテキストに選定された。

人は物理的な死を迎えても、
人々が記憶している限り、生きている。
その偉業を語り継ぐ人がいる限り、生きた証は力強い華となり、咲き続ける。

こうした意味で、語り部の存在が大きいと言えよう。
故人の偉業を正しく理解し、正しく語り継ぐ。
没後25年の時を経ても、彼の人生は色あせることを知らない。
大きな地震が近未来に想定されている今、
メンタルケアの分野で、彼の業績が、
ますますクローズアップされていくことだろう。

タモリ、“命に関わる”南海トラフ地震について注意喚起。日本最大級の津波避難タワーにも登る

タモリ、“命に関わる”南海トラフ地震について注意喚起。日本最大級の津波避難タワーにも登る(テレ朝)

番組の構成は、まるでNHKの人気番組「ブラタモリ」だった。
ブラタモリは、歴史を知るとともに、観光地を巡る楽しい旅だ。
しかし、今回は南海トラフを想定し、
住民の目線で津波から非難をする行動を検証する旅。

各自治体が作成するCG映像は迫力がある。
想定を頭に焼き付けることで、迅速な避難を喚起する誘因となるか。

高知の一部地域では、34.4メートルもの津波が想定されている。
津波タワーより下の建物は、みな、海に沈む想定だ。
過去の大津波の検証から、
住民をどう守るかが自治体の最大のミッションである。

とはいうものの、住民は高齢化しており、80歳以上が多いようだ。
津波タワーまでの異動が課題である。

また、別のNHKの「トリセツ」では、地震災害時のトイレ事情を特集していた。
簡易トイレの常備は必須とのこと。
下水管がずれ、各家庭では、トイレが汚水の噴水と化す。
マンションも、戸建ても同じである。

イメージとしては理解できていたが、
実際に映像でビジュアル化されると恐怖が身近なものになる。
備えていても、実際に使い方を知らなければ、無用の長物だ。

大災害については、正しく畏れることが大事とはいうものの、
経験したことのない災害をどれだけ掌握することができるのか。

こうした啓発番組が多く流れるということは、
それだけ危険が高まっていることの裏返しであろう。

しかし、どの番組でも積極的に取り上げない問題がある。
それは、「原発」だ。

仮に津浪から逃げることができ、トイレも備蓄されていたとしても、
長期の電源喪失に、数万年単位で必要とされる、
原発の冷却水問題はどう危機を回避できるのだろうか。
福島第一原発で、その恐怖を体験したはずである。

経験しなくて済むなら、この大災害を知らずに生涯を過ごしたい。
誰もがそう思う。

【速報】新幹線の連結外れ…東北、北陸、上越、秋田、山形新幹線で約15万人に影響 上下線111本が運休、166本が最大5時間の遅れ

【速報】新幹線の連結外れ…東北、北陸、上越、秋田、山形新幹線で約15万人に影響 上下線111本が運休、166本が最大5時間の遅れ(埼玉新聞)

二度あることは三度ある…では済まされない。
次は絶対にあつてはならない。
早急に対策しなければならない。

交通の要に、あってはならない重大インシデントだ。
たまたま、人命にかかわる事故ではなかったものの、
高速走行中に連結が外れたらどうなるのか?
想像するだけで身の毛がよだつ。
止まった電車に乗り合わせた人は、
何時間も車内で足止めを食らう。
不安な時間だったと思う。
当然のことながら、その先の予定はキャンセルせざるを得ない。

今、平日の冬、利用客を増やす目的で、
JR東は、「キュンパス」キャンペーンをしている。

これは、「JR東日本たびキュン 早割パス (通称:「キュンパス」) 」であり、
1日間用、または、連続する2日間用.
新幹線・特急列車などの自由席を含むフリーエリア内が
1日間または連続する2日間乗り放題!…と宣伝している。
くわえて、あらかじめ座席の指定を受ければ、
新幹線・特急列車などの普通車指定席に2回(1日間用)、
または4回(2日間用)乗車可能であり、
1日間用は10,000円、2日間用は18,000円だという。

これを使うと、「東京~仙台」間が、通常22,420円のところ、
10,000円で55%引き。
「東京~新潟」間が、通常21,120円のところ
10,000円で、53%引きだという。
確かに、お得に観光地を巡ってみたくなる規格だ。

しかし、前提は、運行に支障がなく、安全に列車を利用できれば…の話だ。

東京駅は、このアクシデントの影響で、窓口がごった返していた。
雪で止まる、オーバーランで止まる、連結が外れて止まる。
様々な危険因子を勘案すると、冬の旅は安全確実なところを選ぶの王道だ。

東北新幹線は、原因が解明するまで連結運航を取りやめると発表した。
アクシデントありきで、スリリングな経験をしたければ
「キュンパス」もいいかもしれないが、
3月13日までに予約した人は、どうするのだろうか。

などと、いらぬ心配をしている。

秋田犬の「アキちゃん」

犬はかわいい。
手放しでかわいい。

昨年9月から通うパソコン教室が入るショッピングセンターの片隅に、
ペットショップがある。
休憩時間にショップの前に行き、気分転換をするのが常だ。
多くの様々な種類の犬や猫たちが展示されている。

ここで、「シャーべイ」なる犬を初めて見た。
この犬種は、体高46 – 51cm、体重18 – 23kgの中型犬。

シャーペイ

仔犬の頃は皮膚のたるみが多いのが特徴だそうだ。
いつしかいなくなり、数カ月したら戻ってきたが、再びいなくなった。
新しい家族が見つかったのだろうか?
それとも…

次の住人ならぬ住犬は、秋田犬のオスだった。
誕生日から半年が過ぎようとしている彼は、
小犬ではなく、大犬になりつつあった。
20キロはあるだろうか…
子犬にしてはとにかく大きい。大きくなってからのしつけは力も強いし大変だろう。
こちらが気にしていることを知ってか知らぬか、
彼はいつも暇そうに、ふて寝を決め込んでいた。

しかし、スタッフが部屋の掃除に入ると、
大きい図体で嬉しそうに、全身でじゃれつく姿はやはり子犬だ。

もし売れなかったら、我が家に3兄弟として迎えてもいいな…どと考えていた。
名前は、秋田犬の「アキちゃん」。

パソコン教室の日、休憩時間にはいつものように、、アキちゃんを見に行く。
すると、いない。
部屋の配置換えかとも思ったが、
店の奥に目をやると、彼は見るからに犬好きの若夫婦にじゃれついていた。
当初20万円の値がついていた彼の、今の価値は7万円。
餌を与えて飼育していたのに、価値は随分と下がっていた。

1時間後、その日の授業が終わり、再度ペットショップを覗くと、
彼がいた部屋は、ラブラドールレトリバーの大犬が占領していた。
思わず店に入って、「アキちゃん」の塩梅を聞いた。

「アキちゃん。家族が見つかったの?」
若いやさしそうな店員は、満面の笑みを浮かべて、
「アキちゃん売れました」と言った。

待てよ、「アキちゃん」は私が勝手につけた名だ。
なぜ店員が分かるのか?
訳を尋ねると、彼女も彼のことを「アキちゃん」と呼んでいたのだそうだ。

いずれにしても、「アキちゃん」は新しい家族に恵まれ、めでたしめでたし。

過日、ここで紹介させていただいたクラウドファンディングも順調で、
募集開始から、たったの2日間で目標額の1000万円を突破した。
そして今、二回目の目標に向けて頑張っている。
身寄りのない動物たちの、命のたすきをつないでいくのは、人間の務めである。
私たちに代わって、こうした活動をするNPO関係者の、動物たちへの献身ぶりには頭が下がる。

伊藤詩織監督の長編ドキュメンタリー映画、米アカデミー賞受賞逃がす

伊藤詩織監督の長編ドキュメンタリー映画、米アカデミー賞受賞逃がす(スポーツ報知)

注目の受賞式だったが、いま一歩及ばずだった。
しかし、これまで50以上の映画祭で上映し、
ドキュメンタリー部門のアカデミー賞ともいわれる
「IDAドキュメンタリー賞」で
新人監督賞など18の賞を受賞したのだから快挙に違いない。

伊藤さんがレッドカーペットを踏むまでの過程で、
実に様々な紆余曲折があったはずだ。
本来ならば、手放しで誇らしい、作品のノミネートである。
それが、異なった部分で耳目を集めた。

許諾を得ていない裁判資料を使用したことに、倫理が問われた。
長年寄り添った弁護士らも、今は彼女と対極にいる。
表現の自由と、裁判における倫理。
保護事由は、何方にあるのか。
真実追及のために、裁判上のルール違反、信義則違反が
どこまで許容されるのかの問題である。
我が国におけるテミスの天秤は、今、倫理に大きく傾いている。

物議を醸すには、十分すぎるインパクトがあった。
今後、私たちは彼女の作品に接する機会に恵まれるのだろうか。
聴衆の「知る権利」も、先の天秤における分銅に加えてもらいたい。

これまで、おとなし目の服装のイメージしかなかったが、
私たちが知っている伊藤さんとは、
見間違うほどの鮮やかなピンクのドレスと、笑顔は印象的だ。
いつまでも暗い事件を引きずることなく、
精力的に前向きに進んでいこうとする姿勢の表れであってほしい。
次なる作品に期待したい。

それにしても華奢な体系が、これまでの労苦を物語っているようだ。

本日3日の天気 – 暖かさ一転 冬の寒さ戻る 気温の変化大きく 東京都心も冷たい雨から雪に

昨日、日曜日は、暖かいを通り越して、汗ばむ陽気だった。
近所の公園では、河津桜祭りが開催されていたが、
本家本元の河津同様、満開とはいかなかった。
それでも、スマホを近づけて写真を撮ると、それなりに美しい。
マクロでも、ミクロでも、花は美しい。

3月3日、桃の節句は暖かさ一転、
朝から冷たい雨が降る。
昨日とは15度も差があるというから驚きだ。

花もこれから咲こうという時に、寒くなると、
蕾のまま萎れてしまうときいた。
1年かけて準備してきたのに、本番直前で萎える。
同じ木から、咲くものと、萎えるものが分かれる。

不思議な現象だ。
蕾がついた「場所」、日当たりなどの条件によるのだろうか。
植物は動くことができないから、
置かれたその場所で生涯を過ごすしかない。ただじっとひたすら、その場所で頑張るしかない。

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河津桜(花びらの先端が割れている)

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梅(花びらの先端が丸い)

しかし人間は違う。
環境が悪ければ、良いところに動くことができるし、
また、その環境を心地よく変えることもできる。
座して死を待つのは、実に愚かなことだ。

まずは、やってみなはれ。
動いてみなはれ。
何らかの結果がついてくるはずだ。

【やり取り全文・前編】トランプ氏 ゼレンスキー氏 なぜ口論に

【やり取り全文・前編】トランプ氏 ゼレンスキー氏 なぜ口論に(NHK)

トランプ大統領、怒りで顔赤く 雰囲気一変、緊迫の会談(共同通信)

「米国の恥」、野党民主党が批判 共和党にゼレンスキー氏の自滅論(共同通信)

不満、あきらめ 米との会談、ウクライナ市民はどう受け止めた?(毎日新聞)

物別れに終わった、衝撃の米ウ大統領の会談は、世界に波紋を広げた。
公開の場で、しかも大統領執務室での会談に、
痛恨の不協和音を見せたのは、あきらかにアメリカの失策だ。
アメリカから援助が受けられないかもしれない状態に陥ったのは、ウクライナの失策だ。

全世界に流れた映像を巻き戻すことはできない。
覆水盆に返らずだ。
やり取り全文は、是非読むことをお勧めする。
どこでボタンが掛け違っているかが見えてくる。

トランプ大統領の自己顕示欲が強いのは周知の事実だが、
選挙戦の延長で、前大統領の悪口は聞くに堪えない。
それでも、前半戦はずいぶん抑えている感がある。

問題は、副大統領の発言から始まった。

バンス副大統領
「あなたの国の破壊を終わらせるような外交の話をしている。
(ゼレンスキー)大統領、おことばだが、大統領執務室に来て、
アメリカメディアの前でそれを訴えるのは失礼だと思う。
現在あなたたちは兵力の問題を抱えているせいで、
次々と前線への徴兵を強いている。
(トランプ)大統領がこの紛争を終わらせようとしていることに
礼のひと言でもあってしかるべきだ

トランプ大統領の腹心の部下が、トップの威厳を引き出すために発した言葉は、
ゼレンスキー大統領の堪忍袋の緒を切ったが、彼は終始冷静だった。
挑発することもなく、淡々と自身の言葉で、主張すべきを述べている。
それは、自国の安全保障だ。
これをきっかけに、顔を赤くして怒ったトランプ大統領に比べ、
大人の品格を備えた対応として、見る者の目に映る。

しかし、アメリカ側が言うように、
ウクライナは手持ちのカードが少なすぎる。

とはいうものの、そもそもそうなった端緒である、
「ブダペスト覚書」には、アメリカも、ロシアも当事国として関与しているではないか。

これは、1994年12月5日にハンガリーの首都
ブダペストで開催されたOSCE(欧州安全保障協力機構)会議において、
アメリカ・イギリス・ロシアの核保有3ヶ国が署名した覚書である。
内容としては、
ウクライナ・ベラルーシ・カザフスタンが核不拡散条約に加盟したことに関連して、
協定署名国(つまりアメリカ・イギリス・ロシア)がこの3ヶ国の安全を保障する、
という内容のものだったはずだ。

協定署名国は、この覚書を誠実に履行しているのか?
ウクライナの安全は、保障はされたか?

そうでないから現状がある。
非はどこにあるのか、一目瞭然だ。

会見の冒頭、ゼレンスキー大統領は、トランプ大統領に謝意を述べていないか。
ゼレンスキー大統領の冒頭の発言を、確認してみよう。

「大統領、ありがとう。招待していただき、ありがとう。この文書がウクライナの真の安全保障への第1歩となることを心から願い期待している。われわれの国民や子どもたちのために。
アメリカが支援を止めないことにも期待している。われわれにとって支援の継続は非常に重要だ。インフラや安全保障など詳細についても話し合いたい。」

これが、礼ではないのだろうか?
これで足りないというならば、小国は大国にひれ伏せということなのか。
見ている者からすると、実に不快な、ナンバー2がする大上段からの構えが不愉快だ。

トランプ大統領は、副大統領の発言を援護すると同時に、
今まで抑えてきたものを、ここから爆発させたように思う。

多勢に無勢。
それでもゼレンスキー大統領は、冷静沈着に自国の安全保証を訴え続けた。
国際社会は、この会談をどう見たか。

手放しで喜んだのは、ロシアのプーチン大統領だけではないか。
当事国でありながら、この会談において何の痛手も負わず、
大国アメリカとの良好な関係を世界にアピールできた成果は大きい。

日本がアメリカの忠実な「ポチ」であるのと同様、
アメリカは、ロシアの忠実な「チャーリー」か、
それとも「マックス」か。
(ちなみにこの名は、アメリカのオス犬で、人気の名前だそうだ。)

ぶれない軸を持つ大統領の、一日も早く、そのスーツ姿を見たい。
これが世界の願いである。